空き家になっている

両国の西口から江戸博へは頻繁に行くが逆の方向はさほど多くはない。
隅田川を渡る橋のうち、両国橋はまだ渡っていないような気がして、集合時間より早めに出かけ周囲をまわる。
電話で両国の話をすると、大学では国文学科だった友人は、両国、向島は学生時代よく歩いたという。
芥川の初期エッセイ『大川の水』について触れると堰を切ったように話し始めていた。
両国橋は隅田川に架けられた他の橋とさほどの差異も感じなかった。親柱を除けば。
「自分はどうしてかうもあの川を愛するのか。あの何方かといへば、泥濁りのした大川の生暖かい水に、限りない床しさを感じるのか。」(『大川の水』)と芥川が綴った、藍色にすら見える川面も欄干に凭れながら覗き込む。
時折、船が水をかき分けながら進んでいく。
時代が移り、周囲の景観も芥川の頃とは比較にならない。
川に沿って高速道が走り、近代的なビルは林立する。
それはようやく上流には工業地帯ができはじめた頃だったろうか。
隅田川は確かに流れている。
両国には土地の歩んできた歴史を江戸期の地図や浮世絵などとともに詳らかに教えてくれる看板がいたるところにある。
何枚か読み進んでいると昭和初期のものと思われる洋風の2階建てのビルが眼に入ってきた。
玄関入り口に「岡田商事」の看板。
内部を覗いたが空き家になっているようだった。
活用法はいくらでも見いだせそうな魅力的な建物である。
「本所は二百年の文明に疲れた生活上の落伍者が比較的多数住んでゐた町である。」(『本所両国』)と自虐的に芥川の述べるこの地には、昭和のにおいを感じられる建物を多く見られるのではと思っていたが、期待は見事に裏切られた。
欣ぶべきか、或いは悲しむべき、現代の本所の住人は決して落伍などはしていない。
両国、相撲、力士、相撲部屋と連想してきたが、近代的なビル全体が相撲部屋となっている春日野部屋を見たときには少し驚きもした。
江戸情緒を探るなどはここでは至難の業である。