空き家解体の時代

伴侶さんとの同居のため家を出ようとしている。なぜここにとどまらないのか?理由はいろいろある。極めて私的なことなのでここには書かない。さて今の住所は幼い子供たちを連れて移り住んで30年間が立つ。いわば人生の大半を夫婦として住んだ場所。我が家の歴史の中枢をなすものだ。
そこを去るということは我が家の歴史が終焉を迎え一つの歴史が終わったということだ。これからは子供たちの世代だ。そしてわたしは最後の人生を別の世界に向かって踏み出すということだ。自分はそれでいいと思っている。ここにいつまでも孤老として住みついていると子供たちは何時まで経っても気になるだろう。私が死ぬまで。

これから空き家になるけど取り壊して売ったり、家財を一切処分して貸家にしようとは思わない。

家内の思い出の地でもあり、子供たちの心のふるさとだから。家を出ても家財道具を片付けることはせずいつでもつかえるようにしておきたい。光熱エネルギーも稼働できるままにしておきたい。いつでも子供たちがここへきて昔を懐かしむことができるように。そして呼ばれればわたしもそれに加わって亡妻を偲ぶことにしよう。今度は私が偲ばれる日が来るまで。

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